陳情令の曲(和訳付き)、集めました♪ 1

主題歌《忘羨》&挿入歌《意難》《平永隔》
歌詞(和訳)付きです♪
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「三国志~司馬懿 軍師連盟~」第二部 あらすじ

中国歴史ドラマ「三国志~司馬懿 軍師連盟~」第二部
各回のあらすじのまとめです(WOWOWより)

#43 司馬懿、参内す
黄初7年春、曹丕は病に侵され死を目前にしていた。思い返すのは、亡き父との思い出と、任を解かれた司馬懿のことばかり。曹叡を即位させることにした曹丕は、司馬懿を呼び戻すことを決め、曹真、曹休そして陳羣とともに曹叡の補佐となることを命じて崩御してしまう。司馬懿を嫌う曹真と曹休、そして義理の母・郭照を憎み殺害を企てる曹叡。曹丕亡き後の新たな戦いが静かに始まっていた。

#44 新しい生活
曹叡は手厚く司馬懿を迎えるが、曹真らは司馬懿が戻って来たことに怒りと焦りを感じていた。そして司馬懿が残した新政を封じるべく、曹丕の葬儀と曹叡の即位に乗じて、地方の役人たちをすべて都に召集し、職務を混乱させようとたくらむ。曹叡から与えられた新居に司馬懿らが向かうと、そこに小さな男の子と柏霊筠が現われる。その男の子が司馬懿の子だと知った張春華は、柏霊筠らを家族として迎え入れるのだった。

#45 母を求めて…
甄宓の絵が似ていないと絵師たちを処刑した曹叡に対し、皇太后・郭照が苦言を呈するが、不敬にも曹叡はその場で郭照を刺殺しようとし、辟邪に制止される。当たり散らす曹叡に辟邪は、甄宓の姿を再現できるのは息子である曹叡しかないと言い、曹叡を甄宓のように美しく装わせ、画家たちに絵を描かせるのだった。曹丕の出棺の日、曹叡は出席を拒み、郭照を怒らせる。大臣たちも、そんな曹叡の行いに戸惑いを隠せないのだった。

#46 周魴の投降
呉の太守・周魴が魏に投降を申し出てきた。曹休はこれを受け入れようとするが、司馬懿は呉の罠ではないかと慎重な判断を求めた。曹叡は、曹休を大将、司馬懿を副将にして組ませ、戦場に向かわせることにした。しかし、司馬懿を信頼できない曹休は、司馬懿の息子である司馬師を軍に入れ、司馬懿の抑圧を謀るのだった。出陣した曹休らは、周魴の出迎えを受け石亭に軍を進めるが……。

#47 石亭の戦い
石亭から逃げ帰ってきた曹休の軍を迎え入れ、呉軍の追撃を阻んだ司馬懿だったが、魏軍は大敗を喫した。この責任を曹休は、自分の命令を聞かず、石亭に駆け付けなかった司馬懿に押し付けようとした。しかし司馬懿が以前にも、曹叡の御前で周魴の投降は呉軍の罠だと忠告したはずだと反論すると、曹休は怒りのあまり吐血し、倒れてしまう。この戦いの様子をうかがっていた孔明は、司馬懿にあらためて関心を寄せるのだった。

#48 孔明の出師表
曹真は洛陽に戻り、病を患い伏せっていた。見舞った曹叡に曹真は、司馬懿を大都督にするよう頼み、自ら印綬を司馬懿に手渡した。曹真の本心を理解する曹叡は、孔明に唯一対抗できる司馬懿に兵権を渡すが、いずれ曹真の息子、曹爽と、曹一族を守ると約束するのだった。そして曹真の死の知らせが、成都の孔明の耳にも届く。曹真と異なり、一筋縄ではいかぬ司馬懿に対してどう戦略を巡らすか、孔明は深く考えるのだった。

#49 馬謖の誤算
孔明は安定を手始めに3郡を戦わずして手中に収める。そのころ司馬懿は、孟達を欺き、予想をはるかに上回る速さで新城に到着し、敵が油断した隙に攻め込んでいた。新城で次の策を練る中、孔明の真の目的が定かではないことに気付く司馬懿。そこに使者が到着し、孔明からの文が司馬懿に手渡されるのだった。そして、孔明は蜀軍の糧道を確保するため、遠征の最大の要衝となる街亭の守りを、愛弟子の馬謖に任せるが……。

#50 街亭の戦い
蜀軍が手にした3郡を取り戻すべく、曹叡は自ら長安に赴き軍部の指揮を執っていた。曹真はび城へ続く道をふさぎ守勢を貫く策を提案するが、曹叡はいらだつ。そこに司馬懿が新城より駆け付け、孟達を処刑したことを曹叡に伝える。さらに孔明が馬謖に守らせている街亭を攻めるべきだと進言するのを聞いた曹真は、司馬懿にその責務を負わせるように仕向け、司馬懿を難攻不落の陣地である街亭に向かわせるのだった。

#51 空城の計
司馬懿は孔明を追って西県に向かう。敵軍に囲まれる中、孔明は城の門を開け、城の上に現われて琴を弾き始めた。城の下と上で向かい合う2人は、いつしか互いの心の中で語り合う。城が空城だと見て取った司馬懿は、孔明に攻め込むことを告げるが、今空城に攻め入ることは司馬懿に危険をもたらすことだと孔明に諭される。そして孔明のさらなる一言に心乱された司馬懿は、われに返ると軍を退却させるのだった。

#52 投獄の汚名
孔明は馬謖を処刑した。曹叡からこの件を知らされた司馬懿は、わが子同然だった馬謖を斬った孔明の北伐への決意の表われであると告げる。さらに司馬懿が、孔明は才たけた軍師であり、孔明のため蜀の民は死力を尽くして戦うことを語ると、曹叡は自身のために死ぬ民はいない、と自嘲の色を浮かべてみせた。成都に戻った孔明は、敗れた責任を深くわびるも、劉禅のふがいない様子に不安を隠せないのだった。

#53 郭照奪還の策
曹叡と辟邪のたくらみで皇太后・郭照が罪に問われようとしていた。司馬懿は郭照を助けるため、雍州と涼州の兵権を譲り渡すことを条件に曹真を味方につける。そして補佐3人からの訴えとして郭照の処分を取り消すよう曹叡に願い出て、曹叡は処分を取り下げざるを得なくなってしまう。一方、蜀では孔明に子どもが生まれ、それを皆で祝っていた。そこに司馬懿からの文が届けられ、また孔明は挙兵に動き出すのだった。

#54 杖刑の痛手
宛城にいる司馬懿のもとに曹真からのお達しがあり、早く出陣の準備をするように急かされるが、急いでも利がないことを知る司馬懿は、一向に戦地に向かう準備をする気配を見せない。2度目の催促にも動かず、天候を理由に戦地に入るのが10日も遅れた司馬懿は、曹真によって杖刑に処されてしまう。司馬懿が故意に戦地に遅れて到着し、処罰を受けたことを知った孔明は、姜維とともに次なる手を打つのだった。

#55 陳倉の戦い
孔明が仕組んだ姜維の投降に騙された魏軍は、蜀軍に攻め込まれ、陳倉も奪われてしまう。体が回復し、やっと司馬懿が目覚めると、魏軍の戦局は追い詰められていた。司馬懿は、蜀軍が物資の供給に弱いことを見抜き、敵の兵糧が尽きるまで持久戦に持ち込むことを助言する。しかし、勝ちを急いだ曹真は、物資で蜀軍をおびき寄せるつもりが返り討ちに遭い、ついに曹真は一時撤退を余儀なくされ……。

#56 曹真の死
曹真は洛陽に戻り、病を患い伏せっていた。見舞った曹叡に曹真は、司馬懿を大都督にするよう頼み、自ら印綬を司馬懿に手渡した。曹真の本心を理解する曹叡は、孔明に唯一対抗できる司馬懿に兵権を渡すが、いずれ曹真の息子、曹爽と、曹一族を守ると約束するのだった。そして曹真の死の知らせが、成都の孔明の耳にも届く。曹真と異なり、一筋縄ではいかぬ司馬懿に対してどう戦略を巡らすか、孔明は深く考えるのだった。

#57 北伐再開
北伐を再開した孔明は兵糧となる麦を奪うため隴上に向かうが、司馬懿ら魏軍がすでに陣を張っており、両軍は互いに向かい合って様子を探った。司馬懿はいったん軍を引き上げようとするが、郭淮らは蜀軍を攻撃すべきだと反対する。そこで、司馬懿は、あえて郭淮らの策に応じ、軍を向かわせる。郭淮らが孔明の後を追いかけるも、潜んでいた蜀軍によって返り討ちに遭ってしまう。

#58 劉禅の宣旨
蜀軍への兵糧の輸送が遅れた責任を問われ、李厳は孔明に罰せられることに。そこで李厳は宦官の黄皓と劉禅の寵愛を受ける養女の軽宵を使って、罰から逃れられないかと働き掛ける。黄皓は、孔明が権力を握るために仕組んだことだと劉禅に信じさせ、孔明の劉禅への忠誠を試すために、撤退する宣旨を出すよう促すのだった。一方、開戦を遅らせる司馬懿にも曹叡から、3日以内に開戦せよと命令が下るが……。

#59 孔明の怒り
孔明は成都に戻され、撤退の命令を画策した李厳を追及する。孔明に諭された劉禅は、孔明の言う通りにするとすがるのだった。孔明は君主を惑わした李厳から位を取り上げ、軽宵も宮廷から追放してしまう。そのころ、司馬懿は曹叡に戦の報告をしていた。撤退する孔明を追い死んだ張郃について、司馬懿のせいで殺されたと思う曹叡は、意味ありげに褒美の酒を与え、司馬懿はやむなく杯を空けるのだが……。

#60 五丈原の戦い
3年の月日がたち、蜀は5度目の北伐を行なう。魏では司馬懿が3カ月で勝負をつけるよう曹叡に命じられ、再び戦地に向かうことに。対決を目前にした司馬懿は、孔明に宛てて文を出し、互いの子を傷つけぬよう要求する。そして、蜀軍では魏延が長安攻略に向けて先手必勝を訴えるが、孔明はこれを認めず、五丈原で持久戦に持ち込もうとする。3カ月の期限が迫る司馬懿も陣を張って待ち構えることとなるのだった。

#61 上方谷の戦い
魏軍は、蜀軍が木牛で運んでいる兵糧を奪うことに成功する。魏軍内では、将軍たちがこの機に乗じて蜀を攻めるべきだと訴えるが、司馬懿はそれを退ける。捕縛した蜀の兵士たちから、孔明は本陣の祁山ではなく上方谷にいると聞いた司馬昭は、郭淮とともに司馬懿の許可なく上方谷に乗り込む。そして孔明の策略にはまり、狭い渓谷に軍を進めてしまうのだった。司馬昭を救うべく、司馬懿は慌てて馬を上方谷に走らせるが……。

#62 孔明からの贈り物
奇跡的に難を逃れた司馬懿たちだったが、軍法に背いた司馬昭に司馬懿は斬首刑を申し付ける。司馬師や郭淮、そして司馬昭の軍の兵士たちが必死に懇願し、斬首刑は取り下げられるも、司馬懿は鞭打ち200回の刑を命じた。そして今後軍律を乱すものは、同じように処罰すると曹叡らに報告するのだった。上方谷で司馬懿を討ち損じた孔明は、次なる手を考えるが、司馬懿は一向に攻める気配を見せないのだった。

#63 才知の攻防
孔明から贈られた女物の着物を身に着けて、司馬懿は蜀軍の前に姿を現わした。そして、孔明に向かって、孔明の「出師表」を暗唱して聞かせるのだった。それを聞いた孔明は、驚きのあまり倒れてしまう。孔明は司馬懿の予想外の行動と、孔明を深く理解した言葉にあらためて感心し、新たな策を巡らすのだった。一方、司馬懿のもとには曹叡から宣旨が届けられ、期限である10日以内に孔明を倒すよう再度命令が下る。

#64 最後の対局
孔明は久方ぶりに兵士たちの前に姿を現わし、陣地内で鍛錬の指揮を執り、その声を対岸の魏軍に聞かせた。孔明の命がもう長くないと思っていた司馬懿であったが、孔明にまだ力があったことを知り、驚きを隠せないでいた。その夜、空想の世界で再び向かい合う司馬懿と孔明は、囲碁を打ちながら互いの心情を語り合う。孔明に胸ぐらをつかまれたところで気が付くと、女物の着物を手に激怒する張春華が司馬懿につかみ掛かっていた。

#65 死せる孔明、生ける仲達を走らす
孔明が死んでいると分かっていた司馬懿だが、あえて撤退して五丈原に向かう。かつての敵陣に踏み入った司馬懿は、最期まで整然と跡を濁さない孔明の聡明さに感嘆し、この状況を目に焼き付けるよう、息子たちに諭した。そして孔明ほどの才能の持ち主は、再びこの世に現われないだろうと語るのだった。表に出て、偶然にも夢の中で孔明と打ち合った碁盤を見つけると、司馬懿は悲しみに耐え切れず涙を流した。

#66 狙われた郭照
自分の娘を亡くし、気を乱した曹叡は、母・甄宓の死から抱く、郭照への積年の恨みを今度こそ晴らそうとする。そして辟邪の手によって、郭照は公主を呪い殺したとの疑いを掛けられ死罪を賜ることに。陳羣が身を挺していったんは辟邪らを引かせるが、危機は迫っていた。そこで張春華のもとに汲布が駆け付け、長安にいる司馬懿に、一刻も早く郭照の身が危ないことを伝えるよう言うのだった。

#67 残された者の宿命
司馬懿が長安より駆け付け、郭照を助けようと必死に曹叡に訴えるが、曹叡が死罪を取り消したのは、郭照がすでに殺された後だった。郭照の死を知り、曹叡があざけるように叫んだ皇太后への追悼の辞を聞いた司馬懿は、悔しさと怒りで気絶してしまうのだった。そして郭照の死を深く悲しんだ陳羣も、後を追うように死んでしまう。陳羣の墓の前で司馬懿は汲布と落ち合い、あることを頼むのだが……。

#68 曹叡の病
司馬懿が公孫淵を倒し、その一族も皆殺しにしてしまったという知らせを聞き曹叡は倒れてしまう。曹叡の病は重く、朝廷内では早くも誰が幼い太子の補佐役になるかで騒がしくなっていた。そして曹一族らによる争いが勃発し、燕王・曹宇と曹爽の派閥に分かれて、激しく権力を奪い合おうとする。何度も意識を失いそうになりながらも、曹叡は親族たちの訴えを聞き、自ら決定を下そうとして……。

#69 曹叡の決断
曹叡は死を目前にしていた。意識を混濁させながらも、ついに司馬懿を洛陽に呼び寄せてその真意を試すことにする。戦の帰路で立ち寄った故郷で心置きなく過ごしていた司馬懿のもとに、曹叡から急報が届く。戻らねば不敬、大軍を率いて戻っても造反だと目されると考えた司馬懿は、軍を置いて単身洛陽に戻っていく。そして司馬懿を前にした曹叡は、曹爽を大将軍、司馬懿を大尉に任命することに決める。

#70 新天子、即位
新天子が即位し、司馬懿と曹爽はそろって朝廷を訪問する。太后より、曹爽の弟と司馬懿の息子たちに、適する官職を選んで出仕させるよう命じられ、司馬懿は承諾する。曹叡が死に、悲しみに暮れる辟邪だったが、裸同然の姿でろうに入れられてしまうのだった。やがて、朝廷から宣旨が届き、司馬師は軍事を、司馬昭は屯田の責務を任される。司馬昭はこの決定に不満を抱くが……。

#71 曹爽の横行
司馬懿は牢にいる辟邪に衣服を届け、最後の別れを告げる。曹爽は何晏が手を回して用意した曹叡の元めかけだった蒹葭を、自分のめかけとしていた。蒹葭に夢中の曹爽は、皇帝の持っていた宝物を大将軍である自分が蒹葭に与えてやると約束してしまう。そして権力に取り付かれた曹爽は、宦官たちも自分の意のままに操るようになっていく。一方、何晏は司馬昭を家に招き、司馬昭を取り込んでしまおうとたくらむ。

#72 太后の一計
天子の教育係として宮廷に入った柏霊筠は、太后の信頼を得て話を聞く間柄になる。政治に疎いこと、そして天子の実の母ではないことで、大臣たちが自分を軽んじていると悩む太后に、柏霊筠は何事も即答を避け、よく検討してから決断を下すと皆に伝えるよう助言する。これを受けて、太后は曹爽の申し入れを避けるようになり、曹爽はいらだつ。そこで、曹爽はある女性を見つけ出し……。

#73 司馬懿の嘘
司馬懿は太傅に任命するという詔を受け取り、曹爽より皇宮での祝宴に招かれる。それは行けば命が危うく、拒めば勅命に背くという曹爽の罠だということに司馬懿は気付くが、やむなく皇宮へと向かうのだった。一方、父の危険を知った司馬昭が夏侯徽を連れ、門を守る夏侯玄に助けを乞い、曹爽が司馬懿を殺そうとしていることを伝える。司馬孚と鍾会は、門外に文武百官の大臣らを集め、曹爽に向けて非難の声を上げさせるのだった。

#74 何晏と曹爽
司馬懿はひそかに山奥で私兵に準備を進めさせていた。司馬懿の身辺で、謀反の証拠となるものを探っていた何晏はこれに気が付き、その証拠をもとに司馬懿に罪をかぶせ、失脚を狙うのだった。そこで何晏と曹爽は、司馬懿を樊城の救援に派遣し、司馬懿がいない間に司馬師と司馬昭を利用して証拠をつかむことを決める。そして司馬懿に対して反抗心を抱いている司馬昭を操り、親子で争わせることをたくらむのだった。

#75 私兵の証拠
蜀討伐に同行した司馬昭の供の者たちが、単なる下僕ではないことが分かり、司馬懿が私兵を抱えていることを曹爽らは確信する。その供の者を捕らえた曹爽は、蜀軍とは戦わずに兵を引き上げてしまい、軍を統率する夏侯玄は怒りをあらわにする。そこで曹爽は夏侯玄に、司馬懿が私兵を抱えている事実をつかんでいることを告げる。敵国と戦うことではなく、司馬懿の失脚を狙うばかりの曹爽に、夏侯玄は苦言を呈すが……。

#76 三つ巴の争い
司馬懿と姻戚関係を結び、関係を強めようとした太后の動きを知った曹爽と何晏は、太后を移宮させ追い出すことを計画する。そして兵を引き連れて太后の宮殿に押し掛け、幼い天子に代わって曹家が政治を執ると申し出た。これを拒絶した太后を曹爽らが無理やり連れ出そうとするが、司馬師が駆け付け刀を抜いて曹爽を止める。そこに夏侯玄が加わり、三つどもえとなって争いが収まらず、太傅の司馬懿が招集されるが……。

#77 夏侯徽の失踪
夏侯徽は、司馬師の行動から司馬家の私兵の存在を疑い、居所を突き止める。そして、ひそかに後をつけていた何者かによって捕らえられてしまうのだった。夏侯徽がいなくなり、不安に包まれる司馬家は数日後に、司馬師と夏侯徽の娘である司馬柔の婚儀を控えていた。司馬懿から外出を禁じられていた司馬昭だったが、夏侯徽捜しに加わることを許され、急ぎ準備に向かおうとするが……。

#78 張春華のために
司馬師が夏侯徽殺害の疑いを掛けられ投獄されたことによる衝撃で倒れてしまった張春華。すでに長い間心労のため病に侵されていたことが分かる。張春華の先が長くないことを医者に告げられた司馬懿は、悲しみに暮れる。司馬師を私怨から拷問し続ける曹爽に、夏侯玄は司馬師を解放するよう忠告する。一方司馬懿も、張春華のために司馬師を救い出そうと曹爽のもとへ参じ、すべてを投げ出して懇願するのだった……。

#79 悲しみに暮れて
張春華が亡くなり、司馬家は深い悲しみに包まれる。司馬懿から兵権を奪い、すべての権力を手に入れた曹爽らは、宴席を設けて日ごと大騒ぎをしていた。そして、張春華の葬儀当日に、自分の子どもの誕生祝いを開き、葬儀に出る気も見せなかった曹爽だったが、司馬家に太后と天子が弔問に訪れたと聞くと、慌てて何晏らと司馬家に駆け付ける。一方の司馬懿は憔悴し切っており、悲しみのあまり葬儀中に倒れてしまう。

#80 司馬懿、覚醒す
時がたち、司馬懿は病のため政務から遠ざかっていた。一方の曹爽は、天子の地位が狙えるほどに、権力を独占していた。ある日、曹爽らが高平陵に向かうに当たり、大将軍が都に不在となれば司馬懿が再び動きだすのではないか、と丁謐が訴えた。そこで、曹爽は何晏に司馬昭を探らせ、丁謐は李勝を司馬懿のもとに向かわせて様子を探らせた。李勝の前ですっかり衰えた姿をさらした司馬懿の様子を知った曹爽は……。

#81 洛陽占拠
洛陽を占拠した司馬懿は、曹爽が戻ってきても、殺しはせず、兵権を奪うだけで爵位もとどめると誓う。一方の曹爽は、あまりに突然起こった反乱に驚く。洛陽には自分の妻子が残っており、兵士らにも心配する家族があり、曹爽は攻め込むか否か、判断を下せずにいた。そこに、司馬懿の使者として蒋済が現われ、司馬懿の考えを伝えて曹爽に投降を促すと、曹爽の心は大きく揺れ動くのだった。

#82 裏切りの代償
司馬懿の誓いに反して、司馬昭と鍾会は曹爽らを排除することを考えていた。司馬昭は、曹爽を裏切った何晏に刑罰をつかさどる廷尉の任を与え、曹爽らが帝位を奪う謀反をたくらんだとして、捕まえさせる。何晏から手配がすべて終わったと報告を受けた司馬昭は、何晏自身も曹爽一派の者だとして捕まえてしまう。そして兄の司馬師には、夏侯徽殺害は曹爽らのたくらみだったと信じ込ませ、曹爽らの処刑を認めさせるのだった。

#83 夏侯玄の政変
曹爽の一族が処刑されることになった。この処分で、曹爽の3歳の息子がともに処刑されることを知った司馬孚と柏霊筠は、司馬懿に訴えて止めようとする。一方、長安で曹爽の処刑を知った夏侯玄も、曹爽らを助けようと急ぎ駆け付ける。その後、朝議にて、司馬懿が新たに丞相の位を賜るが、夏侯玄ひとりが異議を申し立てる。そして司馬懿も老いを理由に辞退して、その場を去っていくが……。

#84 司馬懿の本心
反乱を起こそうとした王淩が降伏したことにより、司馬懿は命は奪わないことを約束した。しかし護送の途中、賈逵廟に連行された王淩は、司馬懿の本心を悟り、司馬懿に自分を殺すよう求めた。これを聞いた司馬懿は、軍法に従い謀反の罪で王淩と三族を皆処刑すると決める。柏霊筠は司馬懿の残酷な翻意に激怒し、司馬懿のそばを離れるのだった。一方、洛陽では夏侯玄らが謀反の罪で捕らえられており……。

#85 男たちの涙
柏霊筠が亡くなり、司馬孚も司馬懿のもとを去った。寂しくなった司馬家だが、侯吉が小沅と結婚したいと申し出て、司馬懿はその仲を取り持つことに。司馬懿が小沅に縁談を持ち掛けたその晩、侯吉が台所の付近で瀕死の状態になっている小沅を発見。死に際に小沅は自分を襲ったのは司馬昭だと言い残す。これを知った司馬懿はすべてを悟り、司馬昭を問いただす。

#86 最後の決別
自らの先が長くないと感じた司馬懿は、自分が死んだら文帝の墓のそばに安置してほしいと天子に願い、朝議の場を後にする。侯吉は、司馬懿に飼っていた亀・意馬を殺してかゆに入れたと嘘をつき、2人は取っ組み合いの大げんかをする。騒ぎが収まり、侯吉から死んでいても小沅と結婚したいと頼まれた司馬懿は、2人の婚礼を手伝うことに。そして、司馬懿は最後にあることをするため、川へ向かうのだった……。